私も「そのうち仕事が一段落して、その時いい人がいたら結婚するのもいいかも」なんて甘っちょろいことを実は考えていたことをここに告白しよう。というのは、数年前に、当たると評判の手相観さんに手相を見てもらう機会があり、その方がふと「五十二歳で結婚するかも」と小声でもらした時、自分でもびっくりするほど嬉しかったのだ。それが当たるか外れるか、私がその手相観さんの言葉を信じるか信じないかは実はどうでもいいことで、すごく驚いたのはこんなにも恋愛や結婚に対してひねくれてしまった私なのに、まだ「結婚=嬉しいこと」と反射的に思ったことだ。嬉しい反面、やや自分に失望した。私は五十を越えてもまだ王子様(もう王子でなく、じいやだな)を待っているつもりなんだろうか。そんなの御免である。けれど、本当にこのまま独身でいて、死ぬ時に悔いが残らないだろうかと私は自分に問うてみる。イエスとはっきり言い切れない。今は仕事もうまくいっていて、特に病気もしていなくて、両親も歳はとってきたが概ね健康で、数は多くなくても親しい友人がいて、親しさの深度は違うが幾人かのボーイフレンドにも恵まれている。けれど仕事がうまくいかなくなって、病気でもして、親がこの世を去った時、私は絶望しないだろうか。特に私のようなあやふやな仕事だと、いくら努力してもある日突然大したきっかけもなく収入が激減するケースがたくさんある。いつ自分がそうなっても不思議じゃない。その時には、仕事関係の知人だけではなく、友人の多くも一斉に去っていくだろう。それを無情だと嘆いているわけではない。人間の魅力とはそういうものだ。そういう時のための保険で、私の中から結婚願望が消えないのだろうか。もしそうならば、それは二十代の時のものと大して変わらないではないか。二十代の時のようにせっぱ詰まってはいない。今現在、誰かと結婚したいとは正直言って思わない。けれど、机の引き出しの奥にしまったきり忘れていた古い万年筆のように、それは捨てられずに確かに存在する。どうして人は、こうも結婚願望から逃れられないのだろうか。
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